ニューズレター
知的財産事件審理法一部改正案のポイント
より専門的、効率的で、かつ国際的な趨勢に沿った知的財産権訴訟制度を構築するため、司法院(台湾の最高司法機関)は、最近「知的財産事件審理法」(中国語:「智慧財産案件審理法」、以下「知財審理法」という)の改正案(以下「本改正案」という)を起草し、知的財産事件の審理プロセスについて全面的見直しを行うこととした。本改正案は、2022年6月24日の司法院会議で可決され、立法院(国会に相当)での審議に送られた。主な改正項目及び改正ポイントは以下のとおりである。
一、営業秘密の保護強化
(一)知的財産権に係る民事事件第一審の専属管轄に関する規定を新設し、営業秘密侵害に係る民事事件第一審は知的財産及び商業裁判所(以下「IPCC」という)の専属管轄とすることを明確に規定する(改正条文第9条)。
(二)民事事件及び刑事事件における営業秘密に係る訴訟記録の閲覧の禁止又は制限に関する規定を新設する(改正条文第33条、第34条、第60条)。
(三)特定の状況下において、秘密保有者でない一方の当事者は、秘密保持命令を受けていない者に対して秘密保持命令を発するよう裁判所に申し立てられることを明確に規定する(改正条文第37条)。
(四)営業秘密法第13条の1、第13条の2、第13条の3第3項及び第13条の4の罪を犯した刑事事件第一審はIPCCで審理され、国家安全法第8条第1項から第3項の罪(すなわち国家コア技術の営業秘密に対する侵害)を犯した刑事事件第一審はIPCCの第二審の知的財産法廷で審理されることを明確に規定する(改正条文第59条)。
(五)当事者又は利害関係人が、第1回公判期日前に、営業秘密に係る書類や証拠物を識別できないようにする(非識別化)ためのコード又は別称を定めるよう裁判所に申し立てられることを明確に規定する(改正条文第61条)。
(六)「秘密保持命令違反に対する罰則」を強化し、「海外における秘密保持命令違反の罪」を導入する(改正条文第76条)。
(七)法人でない団体(その管理者又は代表者を含む)も同様に、その被雇用者又はその他の従業員が他人の営業秘密を不法に侵害することを防止し監督する責任を負うことを明確に規定する(改正条文第77条)。
二、弁護士強制制度の新設
(一)特定の種類の知的財産民事事件(例えば、訴訟物の額又は価額[訴額]が民事訴訟第三審の裁判所に上告できる金額を超える第一審民事訴訟事件、専利権[専利:特許、実用新案、意匠を含む]、コンピュータプログラムの著作権、営業秘密に係る第一審又は第二審民事訴訟事件など)において、弁護士の選任を強制する規定を新設する(改正条文第10条)。
(二)弁護士強制代理事件における訴訟救助、訴訟行為の効力、訴訟費用に算入すべき弁護士報酬に関する規定を新設する。専利権に係る訴訟事件において、裁判長の許可を得て、弁護士のほか、弁理士も併せて代理人に選任できる。この弁護士強制制度は参加人についても準用するが、その訴訟代理人の報酬は、訴訟又は手続の費用に算入されない(改正条文第11条~第17条)。
三、専門家による裁判参加の拡大
(一)査証制度の導入
専利権侵害訴訟が提起された後、当事者は、証拠収集手続きを行う「査証人」の選任を裁判所に申し立てられることを明確に規定する。本改正案によると、査証人は専門的知識を持つ中立的な専門家であるべきとされている。査証人は、一定の法的拘束力を有する証拠収集手続である現場調査(例えば、工場内に設置された大型設備の構造や稼働状況などの確認)を行うことができる。また、この規定は、コンピュータプログラムの著作権、営業秘密の侵害事件にも準用される(改正条文第19条~第27条、第78条)。
(二)専門家証人制度を導入し、商業事件審理法の関連規定を準用する(改正条文第28条)。
(三)法廷の友(Amicus Curiae、アミカスキュリエ)制度の導入
知的財産民事事件における法律の適用、技術判断又はその他の必要な争点について、裁判所は、当事者の申立てにより、他方当事者の意見を聴いた上で、必要があると認めるときは、裁判所のウェブサイトにおいて、当事者以外の者、機関又は団体から意見書を公募できることを明確に規定する(改正条文第29条)。
四、「専利又は商標の複審及び争議事件の手続」に関する規定の新設
経済部が起草した「専利法の一部条文改正案」と「商標法の一部条文改正案」において、専利、商標事件の救済を現行の行政訴訟手続から民事訴訟手続に改めることに伴い、本改正案では、「専利又は商標の複審及び争議事件の手続」の関連規定も新設する。
(一)裁判費用の徴収基準を明確に規定する。複審訴訟の裁判費用は新台湾ドル(以下同じ)7,000元、争議訴訟の裁判費用は7,000元に請求項ごとに2,000元を加算した金額とし、請求項がない場合は、民事訴訟法の関連規定に従って訴訟物の価額を算定し裁判費用を徴収する(改正条文第55条)。
(二)争議訴訟において、当事者が新たな証拠を提出できる状況は、(1)知的財産主務官庁の法令違反により提出しなかった場合、(2)過去に無効審判で提出した証拠が変更され又は組み合わされた場合、(3)相手方の同意を得ている、又は相手方が異議なしで本件について弁論を行った場合の3つに限られることを明確に規定する(改正条文第56条)。
(三)専利又は商標の複審及び争議事件は、性質上抵触しない範囲で、知的財産民事訴訟手続の規定を準用することを明確に規定する(改正条文第58条)。
五、裁判手続のIT化(電子裁判手続)の推進
(一)IT機器を利用して訴訟手続に参加する対象を、参加人、専門家証人、査証人などに拡大する(改正条文第5条)。
(二)判決書の正本は、送達受取人の同意を経て、電磁的方式により送達できる旨の規定を新設した。また、この規定は、専利又は商標の複審及び争議事件、特定の刑事事件又はそれに付帯する民事訴訟にも準用される(改正条文第54条、第58条、第71条)。
六、被害者参加制度の新設
刑事訴訟法における刑事裁判への被害者参加に関する規定は、知的財産に係る刑事事件にも準用されることを明確に規定する(改正条文第71条)。
七、知的財産事件の集中審理の強化
裁判所は、弁護士強制制度に規定された特定の事件、又は事案の複雑さ若しくはその必要性があるその他の事件については、当事者双方と協議して審理計画を定めるものとすることを明確に規定する。審理計画では、「争点整理を行う期日又は期間」及び「証拠調べを行う方法、順序、期日又は期間」を定めるべきであり、また、「特定の争点についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間」又は「その他の訴訟手続の計画的な進行上必要な事項」を定めることもできる。これらの審理計画に関する事項は、調書に記載しなければならない(改正条文第18条)。
八、立証責任の緩和及び審理の効率化
(一)裁判所は、必要があると認めるときは、技術審査官が作成した報告書の全部又は一部を開示できることを明確に規定する。また、裁判所は、技術審査官の提供により知り得た特別な専門知識を判断の基礎として採用する前に、当事者に口頭弁論の機会を与えなければならない(改正条文第6条)。
(二)侵害訴訟における立証責任の緩和規定の適用範囲拡大
現行の知財審理法第10-1条では、営業秘密の侵害事件について、当事者の一方が侵害に関する一定の事実を疎明し、相手方が依然としてその主張を否認した場合、裁判所はその否認理由について具体的に答弁するよう相手方に命じなければならないと規定している。これによって侵害行為の立証軽減が図られることになる。本改正案では、条文の適用範囲を専利権又はコンピュータ・プログラムの著作権侵害事件にさらに拡大した。(改正条文第36条)。
九、紛争の一括的解決
(一)裁判所と知的財産主務官庁との間の情報交換制度の導入
裁判所及び当事者が知的財産主務官庁の審理進捗状況をリアルタイムで把握できるようにするため、当事者が訴訟において知的財産権を取消し、廃止すべき理由があると主張又は抗弁した場合、裁判所は直ちに知的財産主務官庁に通知し、知的財産主務官庁はその通知を受けて直ちに裁判所に当該知的財産権の取消し又は廃止の請求を受理したかどうかを通知しなければならない。この通知を受けた裁判所は、当事者の請求により、知的財産主務官庁から事件に関する書類や証拠物を取得できる(改正条文第43条)。
(二)独占的許諾に関する訴訟告知義務の導入
知的財産権が独占的に実施許諾された場合、その権利者、営業秘密保有者又は独占的ライセンシーのいずれかが、訴訟及びその進捗を積極的かつ適時に相手方に告知しなければならない(このとき、相手方は、訴訟手続に参加するか、又は他の法定手続に従って権利を行使するかを斟酌できる)(改正条文第46条)。
(三)特許有効性の判断の不一致に係る再審の訴えの制限の新設
現行の規定では、専利権、商標権、品種権侵害民事事件において、裁判所が確定した終局判決で権利が有効であると認めたが、知的財産主務官庁がその後、確定した専利権無効審判請求、商標登録の無効審判請求又は廃止(取消)審判請求、品種権の無効効審判請求又は取消審判請求の審決で、当該権利が無効であると判断した場合、専利権、商標権、品種権侵害事件の判決の基礎となった行政処分が変更されたため、当事者はそれに基づいて再審の訴えを提起することができるが、改正条文第50条によれば、確定判決による法的安定性を確保するため、上記事件の当事者は、その後の専利権無効審判請求、商標登録の無効審判請求又は取消審判請求、品種権の無効効審判請求又は取消審判請求の確定した審決に基づいて再審の訴えを提起することができなくなる(改正条文第50条)。
十、実務上の争議の解決
(一)専利権者の「訂正の再抗弁」の主張に対する対応方法の明文化
学説では、権利者が専利権の範囲を訂正することによって、相手方の主張する専利権の無効理由を解消することを「訂正の再抗弁」と呼んでいる。本改正案では、専利権者は訂正の再抗弁を主張する場合、原則として、まず専利主務官庁に専利権の範囲の訂正を請求し、訂正後の専利権の範囲に基づいて請求又は主張する旨を裁判所に陳述し、裁判所はその訂正の適法性を判断できると明確に規定されている(改正条文第44条)。
(二)「付帯民事訴訟手続」などに関する規定の改正(改正条文第68条〜第70条)
上述からわかるように、今回の改正案は多岐にわたっており、知財審理法の施行以来14年余りで最大規模の改正とも言えるので、注目に値するものである。