ニューズレター
クローリング技術を用いて法学データベースの内容をダウンロードすることは、著作権を侵害するか
日本語版作成:朱百強、田代俊明
インターネットやAIの発展に伴い、新技術を用いて公開データベースのデータを活用したり、それによって新たなビジネスモデルを展開したりすることがトレンドとなっている。しかし、データを利用する過程において、著作権法や公平交易法(日本の独占禁止法、不正競争防止法に該当)に違反しているかどうかについて紛争が生じる可能性がある。
最近の裁判所の判決では、法学データベースの内容が著作権法によって保護されることが認められた。スタートアップ企業がクローリング技術を用いて他人のデータベースの内容をダウンロードし、新しい方法で消費者に検索サービスを提供した事案において、著作権法および刑法に違反すると認定され、有期懲役、罰金、犯罪収益の没収の他、データベース運営者に対して新台湾ドル1億元を超える損害賠償を命じられた。(台湾新北地方裁判所111年(西暦2022年)度智訴字第8号刑事判決(判決日:2025年6月24日))
本件の主な争点は、以下のとおりである。
一般的に法学データベースの内容が政府の公開ウェブサイトにも広く掲載されていることから、著作権法による保護の対象となるかどうか。
データベースの利用規約に違反して他人のデータベースの内容をクローリングした場合、民事上の契約違反責任のみならず刑事責任まで負うのか。
データベースの構築および維持にかかるコストが運営者の損害と認められるのか。
1. 事案の概要及び当事者の主張:
(1) 告訴人(民事事件の原告):
法学データベースLBの運営者
被告:
・Lnというブランド名で法律情報のインターネット検索サービスを提供している会社
・同社の創業者。
両社は競争関係にある。
(2) 告訴人の主張の根拠:
被告は、LB使用規範においていかなる者もLBの内容の保存や複製を禁止し、自己または他人の利用のために提供することを禁じていることを十分に認識していた。それにもかかわらず、被告人は告訴人の同意または授権を得ることなく、正当な権原も有さず、さらにLB使用規則を超えて、販売を目的としてLBの法規沿革、法規内容およびその付属書類を無断で複製し、告訴人の著作権を侵害した上、正当な理由なく告訴人の電磁的記録を取得した。
(3) 被告の反論:
著作権を侵害していない。その理由は、次のとおりである。
(a) 法規の沿革、法規の内容およびその付属書類は政府の公開資料であり、公共財に該当し、著作権は存在しない。
(b) 「法規沿革」資料の表現方法には限界があり、「思想と表現の融合」原則が適用されるべきである。告訴人は法規沿革の内容について著作権を有しない。
(c) LBは法規沿革の内容について料金を徴収せず、非会員にも自由に直接検索を開放している。そのため、Lnがどのように利用したとしても、LBの法規沿革が市場において有する価値や潜在的要素に不利益な影響を及ぼすことはなく、著作権法第65条の合理的利用の規定が適用される。
また、LBウェブサイトの説明資料は政府機関から収集されたものであり、告訴人が複製や編集を禁止する利用規則を定めることは合理的ではない。
【訳注:
著作権法第65条
「1 著作の合理的な使用は、著作財産権の侵害を構成しない。
2 著作物の利用が第44条から第63条までの規定又はその他合理的な使用に該当するか否かは、一切の事情を考慮しなければならず、特に判断の基準として次に掲げる事項に留意しなければならない。
一. 利用の目的及び性質。商業目的又は非営利の教育目的であるかを含む。
二. 著作物の性質。
三. 利用する分量及びそれが著作物全体に占める割合。
四. 利用の結果が著作物の潜在的な市場と現在の価値に及ぼす影響。」】
(4) 請求内容
告訴人(民事事件の原告)の請求内容:
公平交易法、著作権法および民法に基づき、刑事附帯民事訴訟を提起し、被告に対して連帯賠償責任を求めるとともに、公平交易法に基づき損害額の3倍の賠償を請求。
被告の反論:
裁判所が被告による公平交易法違反の犯罪事実を認定していないため、原告は、本件と公平交易法に関係のない刑事附帯民事訴訟において、公平交易法に関連する規定を請求権の根拠として主張することはできない。
【訳注:公平交易法の関連条文には、そもそも刑事罰の規定がなく、そのため裁判所は公平交易法違反があったかを判断する必要はないということが背景にあると考えられる。】
2. 裁判所の判決及びその理由:
告訴人のデータベースにおける「法規沿革」の内容は、著作権法により保護される編集著作物である。また、データベース内の「法規沿革」、法規内容およびその添付資料は、いずれも刑法により保護される電磁的記録である。被告がクローリング技術を用いてこれらの電磁的記録を複製、ダウンロードした行為は、「法規沿革」の内容を複製することにより、著作権法第91条第2項の販売の意図をもって無断で複製の方法により他人の著作財産権を侵害する罪に該当する。
また、「法規沿革」、法規内容およびその添付資料を取得した行為は、刑法第359条の理由なく他人のコンピュータ電磁的記録を取得する罪に該当する。
【訳注:
著作権法第91条第2項
「販売又は賃貸の意図をもって、無断で複製の方法により他人の著作財産権を侵害した場合、6ヶ月以上5年以下の有期懲役に処し、新台湾ドル20万元以上200万元以下の罰金を併科することができる。」
刑法第359条
「理由なく他人のコンピュータまたはその関連設備の電磁的記録を取得、削除又は変更して、公衆又は他人に損害を与えた場合、5年以下の有期懲役、拘留に処し、又は60万元以下の罰金を科すもしくは併科することができる。」】
【著作物として保護されるかについて】
(1) 著作権法第7条第1項は、「資料の選択及び配列に創作性があるものは編集著作物とし、独立した著作物として保護する。」と規定している。「創作性のある」「選択」及び「配列」がどのような場合に「編集著作物」を構成するかについては、以下の見解を参考にできる。
(a) 経済部知的財産局によれば、「最低限の創作性、最小限の創作(minimal requirement of creativity)の創意の高さ(又は芸術水準に高低により区別されない原則)」があれば、創作性を有すると認められる。
(b) 最高裁判所99年度台上字第225号民事判決によれば、「創作性」は前例のない独創性に達する必要はなく、社会通念に照らして、当該著作物が既存の作品と区別できる変化があり、著作者の個性が表現されていれば足りるとされている。
(c) 米国最高裁判所1991年Feist Publications, Inc. v. Rural Telephone Service Company, Inc. 499 U.S. 340 (1991)判決において、「データベース」は「最低限度の創意(a minimum level of creativity)」があれば、米国著作権法の保護対象となる「編集著作物(compilation)」となり得るとされている。また、「創作性のハードルは極めて低く、わずかでも、軽微な差異があれば十分である(the requisite level of creativity is extremely low; even a slight amount will suffice.)」と判示されている。
(2) 本件で著作権法の保護を受ける編集著作物は、資料の「選択」および「配列」において最低限度の創作性または個性の表現が含まれるものである。告訴人がLBにおいて公表した法令の沿革資料は、相当程度高い創作性を有し、政府機関が公表した法令沿革とは区別し得る変化が存在し、著作者の個性が十分に表現されているといえる。したがって、当該資料は著作権の対象となる。
(3) 各種の「法規沿革」の表現方法は、唯一または「限定的」な表現方法に限られるものではなく、異なる表現者によって「法規沿革」の表現方法も大きく異なる。LBが各法規ごとに作成した「全体の法規沿革」は、政府機関が異なる時期に公開した原始データ(政府公報、公文書、法規内容、政府編集物等を含む)から選択、配列、再編集したものであり、法律の条文の内容そのものではなく、政府の公文書や編集物でもない。その「表現」は、明らかに政府機関による「単一の改正情報」や「法規沿革」とは異なっていることから、創意性が認められる。したがって、著作権法第7条の「編集著作物」の要件を満たし、著作権法の保護を受けるべきものである。
【合理的使用に該当するかについて】
(4) 被告は、告訴人の「法規沿革」資料を自己の商品内容に使用しており、これは商業目的によるものである。
被告人がクローリングにより取得したLB「法規沿革」資料の質及び量が、告訴人及び被告人Lnデータベース全体の「法規沿革」資料に占める割合は、いずれも100%である。
被告は、「顧客がLn製品を好む主な理由は、Lnが非常に強力な『検索エンジン』を有しており、キーワードを入力するだけで法学資料を容易に検索できる点にある」と主張している。しかし、もしLnのデータベース内に、被告がクローリングにより取得したLB「法規沿革」等を再作成した資料がなければ、顧客がキーワードを入力しても、目的とする「法規沿革」等の資料を容易に取得することはできないはずである。すなわち、いかなる法学検索会社においても、「データベース」の内容こそが最も重要な「基礎」であり、「基礎」がなければ、いかに強力な「検索エンジン」であっても、検索できる資料は存在しない。被告は「法規沿革」資料についてほとんど「無償」に近い方法で告訴人から取得しており、その結果、被告は低価格で告訴人会社と競争することが可能となった。これは告訴人製品の潜在的市場及び現在の価値を損なう行為である。
(5) 米国連邦裁判所は2025年2月11日にReuters v. Ross Intelligence事件において、他人の資料を同意なく取得し、AIの訓練に利用する行為は違法であるとの判決を出した。本件において、Lnはクローリングプログラムを用いて、LBに存在する「編集著作」性質を有し、かつ98,068件にも及ぶ「法規沿革」資料をクローリングにより取得した。これはAIの訓練や学習のためではなく、直接的に自己のLnデータベースの内容として充て、低価格で告訴人と商業競争を行うために利用したものである。このような行為は、AIの訓練に利用する場合よりも、告訴人に対する侵害がより「直接的」であり、かつ「重大」である。我が国のデータベース市場における取引秩序及び商業倫理を維持するためには、「不労所得」を期待するような安易な考えを許してはならない。被告人が告訴人の「法規沿革」資料を使用した行為は、著作権法第65条の合理的利用の要件を満たさない。
【刑法上の責任も負うかについて】
(6) 刑法第359条の理由なく他人のコンピュータ電磁的記録を取得する罪にいう「理由なく」とは、「正当な理由がないこと」、「所有者の許可を得ていないこと」、「処分権限がないこと」、「所有者の意思に反すること」又は「授権範囲を超えること」等の状況を含む(最高裁判所110年度台上字第90号刑事判決を参照)。
被告人は正当な理由も処分権限もなく、告訴人の許可を得ず、告訴人の意思に反し、LBの利用規範を超えて行為し、これにより被告人はデータ構築のコストを負担することなく市場で顧客を獲得し、告訴人の商業的利益または機会に不利益な影響を及ぼし、告訴人に損害を生じさせた。したがって、被告は刑法第359条の罪を犯したことになる(台湾新北地方裁判所111年(西暦2022年)度智訴字第8号刑事判決(判決日:2025年6月24日))。
(7) 原告は公平交易法の規定に基づき3倍の賠償を請求したが、刑事附帯民事訴訟を利用することはできない。
しかし、被告は民法の規定に従い、原告が資料を構築したコストを原告が得ることができた利益とみなし、それに基づいて被告が連帯して賠償すべき金額を算定すべきである。民法第216条の規定によれば、損害賠償には債権者が被った損害および失った利益の補填が含まれる。通常の事情、または既に定められた計画、設備、その他特別な事情により予期し得る利益は、失った利益とみなされる。
原告は、「被告が得た利益」=「不当に享受した、原告の支出したコスト」=「原告が自己が支出したコストに基づいて請求できる損害額」と主張した。
裁判所は、仮に被告が原告から資料を購入し、原告が被告から利益を得ず、単に資料の構築コストで被告に販売した場合、これが原告の得ることができた利益である。本件において、被告は原告に対して一切の代金を支払っておらず、原告が通常の事情で得ることができたこれらの利益を得られなかったため、原告はこの部分の失った利益を請求することができると判断した(台湾新北地方裁判所112年(西暦2023年)度智重附民字第1号刑事附帯民事訴訟判決(判決日:2025年6月24日))。
【訳注:
民法第216条
「1 損害賠償は、法律に別段の定め又は契約に別段の規定がある場合を除き、債権者が被った損害及び失った利益の補填に限る。
2 通常の状況により、又は既に定められた計画、設備もしくはその他特別な事情により、予期し得る利益は、失った利益とみなす。」】
3. 検討:
本件は、法学データベースに著作権法によって保護される編集著作が含まれていると裁判所が認定した最初の判決ではない。知的財産裁判所は97年度刑智上訴第41号刑事判決(判決日:2010年4月22日)において、LB「判解函釈」サブデータベースについて、資料の選択および編集に高度な専門性と知的投入が認められ、単なる労力による機械的な操作の結果ではないと判断した。
また、「法学資料異動の説明」において、過去の「法規」や「判例解釈」の異動を遡及的に整理・編集し、既に創作された編集著作に対して更なる編集を加えた場合にも、独創性が認められるとされた。
我が国の過去の裁判例では、ドイツの学説を引用し、著作物には一定の創作性の高さ(すなわち「明らかに一般的な創作者が創作できる程度を超えること」)が必要であるとされていたが、上記の保護要件は非常に厳格であった。その後、「小銭原則」が発展し、資料の収集や編集において最低限の創作性があれば保護されるとされるようになった。本件判決においても、「最低限の創作性または個性の表現」があれば著作権による保護を受けるとの見解が引用され、LB「法規沿革」の内容が著作権によって保護されると認定された。
ただ、被告人が運営するLnは、法学データベースの新興の企業であることもあり、裁判所が、被告が著作権を侵害したとして、被告に刑事責任を課し、かつ原告に対して新台湾ドル1億元を超える賠償を命じたことについては、司法が新興産業の発展を阻害しているのではないかという社会的議論を引き起こした。検討すべき課題には、以下の事項が含まれる。
(1) 本件判決は、LB法規沿革の内容が著作権法による保護を受けるべきであると認定したが、さらに公共の利益および合理的利用の観点から、一般市民が法学資料にアクセスする権利を保障すべきか否か。
(2) 著作権法は、データベースの権利者を民事責任の範囲内でのみ保護し、利用者にとって負担が大きい刑事責任のリスクを課す必要はないと考えるべきか否か。他人のデータベース内容をクローリングプログラムで取得した場合、正当な理由なく他人の電磁的記録を取得したことによる刑事責任を問われるのであれば、AIの発展に影響を及ぼす可能性はないか。
(3) LBが法規沿革の内容の構築および継続的な維持に要した全てのコストは、原告が被告へのライセンス供与によって合理的に期待できる利益に該当すると考えるべきか否か。
以上の課題については、立法者が産業発展の観点から、また上訴審裁判所が個別事案の公平性の観点から、それぞれ明確にする必要がある。
なお、台湾においてもAIの学習段階と著作権法の関係について議論されており、台湾では著作権法65条の合理的使用に該当するかという形で議論されてきた(詳しくは「人工知能(AI)と知的財産権~日本及び台湾の比較」AIPPI 月報 V.70 No.5参照)。本件は、AIについての裁判例ではないが、AIについての米国の裁判例を引用しながら、著作権法65条の合理的使用に該当するかを検討した。法改正がない限り、AIの学習段階と著作権法の関係については、やはり著作権法65条の議論となると予想される。ただ、一般条項であるので、様々な解釈がなされる余地があり、米国、欧州、日本のいずれに近い結論の解釈がなされることになるのかは、今後の裁判例を見守る必要があると考えられる。
※中国語版をベースにしつつも、日本語版作成者が内容を補足して作成したものであり、中国語版にない部分も含まれている