ニューズレター
権利侵害訴訟の原告は、訴え提起時に最低限の損害賠償金のみを請求し、二審で請求金額を増額することはできるのか
知的財産権侵害に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、原則として2年、最長10年である(民法第197条第1項、専利法(専利:特許、実用新案、意匠を含む)第96条第6項、営業秘密法第12条第2項、商標法第69条第4項、公正公易法(日本の不正競争防止法及び独占禁止法に相当)第32条、著作権法第89条の1などを参照)。民法第129条第1項は、権利者の訴え提起によって、消滅時効の進行を中断させることができると規定している。台湾の民事訴訟制度には、米国のような証拠開示(ディスカバリー、discovery)制度がないため、知的財産権侵害に係る民事訴訟において、原告(すなわち権利者)が訴え提起時にその請求できる損害賠償金を正確に算定することは困難である。そのため、原告はまず訴状では損害額を少なめに請求し、訴訟手続で裁判所が損害賠償請求に係る証拠調べをした後、その請求金額を増額・拡張請求するのが一般的である。この実務上の取扱いは、通常、民事訴訟法第244条第4項に基づくもので、すなわち、原告は訴状において「全部請求」の最低額を請求する旨明示すればよく、第一審の口頭弁論終結前であれば、その主張する請求原因事実の範囲内でその請求を拡張することができるとされている。訴状には「全部請求」の最低額が明示されている以上、「全部請求」の時効は訴え提起時に中断しており、第一審の口頭弁論終結前に請求金額の増額を行ったとしても、その増額分は時効にかかることはない。
上記民事訴訟法第244条第4項は、「第一審の口頭弁論終結前」であれば損害賠償金の増額を請求することができると規定しているが、原告が第一審で増額請求せず、第二審の口頭弁論終結前になってはじめて増額請求した場合、この規定は適用されるのか。最近、実務で論争を巻き起こしている。これに対して、最高裁判所は、2024年12月24日付113年(西暦2024年)度台上字第274號民事判決で、肯定的な見解を示している。
本件原告は、第一審たる知的財産及び商業裁判所(以下「IPCC」という)に商標権などの侵害行為の差止めを求めるとともに、民事訴訟法第244条第4項に基づき、全部請求の最低額(一審では150万台湾ドルのみ)の支払を請求することを明示して訴えを提起した。IPCCは、第一審において、本件訴訟は商標権侵害に該当しないとして、損害賠償請求に係る証拠調べをすることなく原告の請求を棄却したが、第二審になって初めて原告の請求に応じ損害賠償請求に係る証拠調べをした。原告は、第二審の口頭弁論終結前に請求金額を増額・拡張請求した。被告は第二審において、民事訴訟法第244条第4項は「第一審の口頭弁論終結前」に請求金額の増額を請求しなければならないと規定しており、この条文の文言を厳格に解釈すれば、原告が第二審で増額請求した部分はもはや民事訴訟法第244条第4項の適用を受けず、増額請求の時点から時効が中断したことになり、これに基づいて第二審において増額請求した部分は時効にかかっている旨の抗弁を主張した。IPCCの第二審判決(111年(西暦2022年)度民營上字第6号)は原告の主張を認め、第二審における原告の損害賠償金の増額請求は時効にかかっていないとした。被告が最高裁に上告した後、同裁判所はこの法律問題について準備手続及び口頭弁論を行い、最終的に上記113年(西暦2024年)度台上字第274號民事判決で見解を示した。
最高裁は、原告は訴え提起時にすでに「全部請求」の「最低額」を明示しており、性質上「全部請求」であることから、当該最低額以外の部分について別途訴えを提起することはできないとした。原告が第二審になって初めて請求金額の増額を行う場合、その増額が全部請求の範囲を超えるものではないことから、第二審における請求の拡張の性質が第一審の請求の拡張と類似していること、今後原告が再び訴えを提起することができないことなどを考慮し、原告が民事訴訟法第244条第4項の規定を準用する同法第463条に基づき、第二審において請求の拡張を申し立てることを認められるべきであるとした。また、原告が民事訴訟法第244条第4項の規定に基づき「全部請求」である旨を明示していた以上、その「全部請求」は訴え提起により時効が中断され、原告による請求の拡張が第一審でなされたか第二審でなされたかは関係ないため、第二審で拡張された部分が時効にかかっているとの被告の抗弁は理由がない。最高裁はまた、全部請求がなされた以上、将来、未請求の残部が発見されても、これにつき別訴で請求することはできないと言及した。