ニューズレター
模倣品が市場に出回っていなくても商標権者又はその専用使用権者による損害賠償請求は可能
商標権者又はその専用使用権者が、市場に出回る前に押収された模倣品(商標権を侵害するもの、以下同じ)に対して民事上の損害賠償を請求できるか否かは、実務上重要な論点となっている。この点に関して、長年にわたり各審級の裁判所で判断が分かれているが、知的財産及び商業裁判所(以下「IPCC」という)は112年(西暦2023年)度民商上字第2号民事判決において肯定的な見解を示した。同裁判所は、未登録(使用権について商標法上の設定登録はされていない)専用使用権者が損害賠償を求める民事訴訟を起こすことができるかどうか、真贋識別方法についても論じている。
一、商標権侵害における損害賠償額の算定
商標法第71条第1項は、「商標権者が損害賠償を請求するとき、次に掲げる各号のいずれかの方法により、その損害を算定することができる。一、民法第216条の規定による。ただし、その損害を立証するための証拠方法を提供できないとき、商標権者は、その登録商標の使用により通常得られる利益から、侵害を受けた後に同一商標の使用により得た利益を差し引き、その差額を被った損害とすることができる。二、商標権の侵害行為により得た利益による。商標権侵害者がそのコスト又は必要経費について立証できないときは、当該商品の販売により得た収入の全部をその所得利益とする。三、押収した商標権侵害に係る商品の小売単価の1500倍以下の金額。ただし、 押収した商品が1500個を超えるときは、その総額を賠償額とする。四、商標権者がその商標権について他人に使用を許諾して受け取る使用料に相当する額をその損害とする。」と規定している。同条第2項はさらに、「前項の賠償金額が明らかに相当しないときは、裁判所はこれを斟酌して減額することができる。」と規定している。
商標法第71条第1項の立法趣旨は、商標権者が実際の損害を立証することが困難な場合が多く、模倣品の販売が通常の取引や販売形態と異なる場合が多いため、商標権者に個別具体的な事案に応じて、侵害者に対して賠償を求める損害賠償額の算定方法を選択できるようにすることにある。同法第71条第1項によると、第1号、第2号及び第4号では、それぞれ商標権者が被った損害、侵害者が得た利益及び商標の使用料相当額(侵害者に使用許諾したと擬制して算出した使用料に相当する額)を算定方法とし、「損害補填の原則」の概念を有し、第3号では、侵害商品の小売単価に1500倍を乗じた額を賠償額の上限とし、裁判所は、個別具体的な事案に応じて小売単価の倍数を決定し、「法定賠償額」の概念を有する。
二、本件事案及び原判決の概要
本件原審たるIPCCが111年(西暦2022年)度民商訴字第12号民事判決で認定した事実は以下のとおり。
(一) 被控訴人(すなわち原審の被告)は、マレーシアの業者から「大益(デザイン化された図案)」(以下「係争商標」という)の商標が付されたプーアール餅茶(以下「係争商品」という)2,604枚を購入し、訴外会社に委託して、財政部関税署(日本の財務省関税局に相当)基隆税関五堵支署に輸入申告書を添えて通関申告を申請したところ、同支署が検査した結果、係争商品に侵害の疑いがあると判断したため、商標権者に検査及び鑑定を行うよう通知した。その後、訴外人たる商標権者が鑑定した後、係争商品が確かに模倣品であることを確認した。
(二) 原判決は、控訴人(すなわち原審原告)は係争商標の専用使用権者であり、本件訴訟の当事者適格を有するとし、商標権者が作成した鑑定書を採用し、係争商品が模倣品であると判断したことから、権利消尽原則の適用は認められないとした。しかし、原判決は、係争商品が市場に出回っておらず、控訴人が損害や逸失利益を被ったことを立証できないとして、無損害・無補償の原則に基づき、控訴人の損害賠償請求は理由がないとし、控訴人の請求を棄却した。控訴人は、これを不服として本件控訴を提起した。
三、本件IPCC判決
本件商標権侵害控訴事件について、IPCCは2024年6月27日付112年(西暦2023年)度民商上字第2号民事判決において、本件争点について以下のように判断した。
(一)未登録の専用使用権者は商標権侵害に関連する権利を主張できる
被控訴人は、係争商標の専用使用権者であるため、商標法第39条第5項及び第6項に基づき、商標権者の独占排他権を行使し、自己の名で訴訟を起こすことは当然可能である。また、被控訴人は、侵害を主張する時点よりも後に専用使用権の設定登録をしたが、侵害者は同法第39条第2項により保護されるべき取引の第三者ではないため、被控訴人らは、登録の対抗力を主張することはできない。つまり、未登録の専用使用権者であっても、商標権侵害に関連する権利を主張するため、自己の名で民事訴訟を起こすことは可能である。
(二)模倣品の識別方法
裁判所は主に以下の事実と証拠に基づいて、係争商品を模倣品と判断した。
1.商標権者が作成した詳細な比較鑑定書(真贋識別報告)
2.商標権者が本件証人として指名したその製茶工場の従業員2名の証言。
(三)輸入した係争商品が模倣品の場合、権利消尽原則は適用されない
係争商品が商標権者の識別により、商標権者又はその使用許諾を受けた者が製造又は販売した真正品ではなく、模倣品であることが確認された場合、商標法第36条第2項前段の権利消尽原則は適用されない。
(四)被控訴人は係争商標権侵害の主観的過失がある
IPCCは主に、被控訴人が輸入した係争商品の数量が2,604枚と非常に多く、しかも真正品の餅茶の市場価格と被控訴人の輸入申告書に記載された価格との間には明らかな差があり、被控訴人は係争商品が商標権者又はその許諾者によって製造・販売されたことを立証する書類を提出できず、また、被控訴人は以前、「易武正山」、「中茶」商標の偽造商標を付したプーアル餅茶3,681枚を輸入した別の刑事事件に関与したことがあるという事実を根拠として、被控訴人は適切な調査を行わず、善良な管理者の注意義務を怠ったため、侵害の過失があると判断した。
(五)模倣商品が市場に出回っていなくても、商標権侵害者は損害賠償責任を負うべきである
1.被控訴人は、控訴人の同意を得ずに係争商標を偽造した係争商品を輸入したことは、商標法第5条に規定された商標の使用行為であり、同法第68条の商標権侵害に該当し、控訴人は、同法第69条第3項、第71条の規定による算定方法のいずれかを選択して被控訴人に対し損害賠償を請求することができる。
2.IPCCは、商標法第71条第3号は法定賠償制度を定めているものの、損害補填の原則の適用を排除していないことを明らかにした。同法第71条第1項各号により算定された損害賠償額が明らかに実際の損害に見合っていない場合、裁判所は、権利者が過大な賠償を受けることのないよう、その裁量により減額することができる。
3.IPCCはまず、模倣品がまだ市場に出回っていなくても、商標権侵害者は商標権侵害の損害賠償責任を負うべきと認めた。IPCCは、係争商標のお茶製品が台湾市場において関連消費者に広く好まれており、悪徳業者が暴利を貪り大量の模倣品を台湾市場に輸入することを防止するため、また、本件係争商品の輸入数量は2,604枚と多く、取引秩序及び消費者の利益に対する損害は軽くはないが、係争商品はまだ市場に出回っておらず、商標権者に重大な損害を与えていないなどの事情を総合的に考慮し、控訴人が「合理的な市場価格」すなわち餅茶1枚当たり12,170台湾元(以下同じ)の価格で損害賠償を算定することは過大であるため、酌量のうえ1枚当たり500元に減額し、控訴人が請求できる賠償額は130万2,000元(500*2604=1,302,000)であり、この範囲を超えると過大であると判断した。
四、まとめ
本件IPCC 112年(西暦2023年)度民商上字第2号民事判決は、未登録の専用使用権者が商標法上の民事損害賠償権利を主張できることを認めるとともに、模倣品が市場に出回っておらず、権利者に損害や逸失利益を与えていない場合であっても、商標権者又はその専用使用権者は、商標法第71条第1項第3号の「法定賠償額」の規定により、侵害者に損害賠償を請求することができると指摘している。しかし、IPCCは、同法第71条第1項第3号の適用が、依然として損害補填の原則に拘束されることも明らかにした。商標権者又はその使用権者が過大な民事損害賠償を受けることを防止するため、同法第71条第2項により、裁判所は、事件のすべての情状を酌量し、商標権者又はその専用使用権者が請求できる損害賠償額を裁量で減額することができる。