ニューズレター
特許実施許諾契約の許諾者は特許維持費の納付を被許諾者に通知する義務を負うべきか?
特許専用実施許諾契約(特許専用ライセンス契約)において、許諾対象となる特許権(以下「許諾特許」という)の関連費用は被許諾者が負担する旨が定められているのは一般的である。しかし、契約にそれ以外の定めがない場合、許諾者(すなわち特許権者)が許諾特許について維持管理の責任を負う必要がないと認められるか否かについては、疑問の余地がある。最高裁判所は、2024年6月25日付113年(西暦2024年)度台上字第334号民事裁定において、原審たる知的財産及び商業裁判所(以下「IPCC」という)の111年(西暦2022年)度民専上字第33号民事判決を支持し、許諾者がその許諾特許の有効性を維持する責任について肯定する見解を採用したようである。しかし、同裁判所はさらに、特許の有効性を維持する責任に基づき、許諾者は契約期間中、特許維持費を納付するよう被許諾者に通知すべきであるが、特許を管理するために当初委任していた特許事務所が、被許諾者の要求により、被許諾者が指定した事務所に変更された場合、許諾者は通知義務を負わなくなる、と判断した。
本件事実は以下のとおり。A社と特許権者Bは技術移転契約(以下「係争技術移転契約」という)を締結し、双方は、「本技術内容は、国家科学及技術委員会(NSTC)の研究計画に由来し、特許出願はBが行い、実施許諾後に派生する関連費用はすべてAの負担とする」こと、専用実施権の許諾対象には、当時特許出願が特許査定された台湾と日本の特許、及び特許出願中の米国、欧州の特許が含まれることに合意した。係争技術移転契約締結後の特許の維持費又は年金については、毎年、特許権者(すなわち許諾者B)が被許諾者Aに納付するよう通知する。その後、上記許諾特許のうち、日本の特許が年金未納により失効となったため、被許諾者Aは、許諾者Bが年金の納付を適時に通知しなかったとして、Bに損害賠償を求める訴訟を提起した。
本件第一審台湾台中地方裁判所111年(西暦2022年)度智字第7号判決の要旨は以下のとおり。一審判決は、係争技術移転契約では、この部分の費用は原告Aの負担とされていたが、Aは被告Bの通知に従ってこれを納付する場合、特許の有効性を維持するために各国の政府機関に手数料を納付する責任は、確かに被告Bの責任であり、したがって、年金未納により日本の特許が失効となったことから、Bに帰責事由があるとして、原告Aの主張を受け入れた。被告Bが原告Aに対して納付すべき費用の減額を通知した際、原告Aは何の質問もせず、原告Aが日本の特許の維持費を納付する必要がないことに気付いていなかったと認められるとしても、これは原告Aが通知に従って納付する消極的義務であり、たとえ気付いてリマインドしたとしても、それは義務ではなく善意によるリマインドであり、責めに帰すべき事由が何もなく、寄与過失があるとは認めがたい。その上で第一審裁判所は、被告Bに対し、損害賠償を原告Aに支払うよう命じる旨の判決を下した。
本件はIPCCに控訴されたが、IPCCは111年(西暦2022年)度民専上字第33号民事判決で一審判決を破棄し、原告の訴えを棄却した。IPCCは、被告Bは、係争技術移転契約に基づき、特許の有効性を維持・管理する責任を負うべきであり、したがって、特許維持費を納付するよう原告Aに通知する付随義務を負うべきであることを認めたが、原告Aが特許を管理する事務所の変更を申請したため、この付随義務は消滅し、その日本の特許が年金未納により失効したことは、被告Bの責めに帰することができないため、被告Bは、不完全履行の責任を負う必要はない。その理由の要約は以下のとおり。
1.契約成立・効力発生後、債務者は、給付義務(主たる給付義務と従たる給付義務を含む)に加え、信義誠実の原則に基づき、債権者の給付利益の実現を補助するための協力義務、告知義務などの付随義務を負う(最高裁判所98年(西暦2009年)度台上字第1801号判決要旨を参照)。
2.許諾特許が有効に存続するか否かは、被許諾者が専用実施権者の地位に基づいて第三者による侵害の可能性を排除できるか否かに影響し、実施許諾料(ライセンス料)及び製品の年間販売量を基礎として算定される派生利益金の支払にも影響するため、係争技術移転契約に基づく許諾者の主たる給付義務の履行に影響を及ぼすのに十分である。本件係争技術移転契約では、その後の特許の有効性を維持するための料金納付義務は被許諾者Aが負うと定められているが、この約定は、許諾者Bが専用実施権許諾者として特許の有効性を維持・管理する責任を排除するものではない。
3.本件では、当事者双方が許諾特許を管理する特許事務所を被許諾者Aが委任、指定する特許事務所に変更する前に、許諾特許の年間維持費又は年金は、許諾者Bから被許諾者Aに納付を通知される。このことから、許諾特許の有効性を維持するために、係争技術移転契約期間中に料金を納付するよう被許諾者に通知することは、技術移転契約に基づく許諾者Bの付随義務であると考えられる。
4.しかし、その後被許諾者Aが特許を管理する事務所の変更を申請し、許諾者B が被許諾者Aが指定する新事務所に当該許諾特許情報を移転するよう元の事務所に指示したため、許諾者Bの被許諾者Aに対する日本特許の有効性維持のための料金納付通知の付随義務は、上記移転の日をもって消滅する。係争の日本特許は、年金未納により失効し、許諾者B又はその元の事務所の管理下にないため、許諾者Bの責めに帰すことはできない。
5.被許諾者Aは、係争技術移転契約に基づき、実施許諾後の特許維持費を納付する義務がある、すなわち、当該特許の有効性を維持するために維持費を納付し続けるか否かは、最終的には許諾者Bではなく被許諾者Aの判断に委ねられる。したがって、被許諾者Aは、係争許諾特許を管理する事務所が変更された後も、日本の特許の維持費を納付すべきことを知りながら、長期にわたってその納付通知を受けなかったにもかかわらず、許諾者Bやその委託した事務所に連絡も確認もしなかった。そのため維持費の納付を怠ったために日本の特許が失効となった結果は、被許諾者A(すなわち原告)が自ら負担すべきものである。