ニューズレター
台湾におけるグレースピリオド関連規定規制緩和の方向性
概要
「グレースピリオド(grace period)」とは、特許出願の出願日前の特定期間内に、当該特許出願に係る発明が特定の形式で公開されても、新規性(及び/又は進歩性)を喪失することはないという制度である。その理由は、この種の公開の本質は通常、「不利にならない開示」(non-prejudicial disclosures)と見なされるからである。大部分の国や地域の特許出願制度はいずれもグレースピリオドの概念を導入しているが、細かな点は全てが同じとは限らない。特許出願人が同一の発明で各国に特許出願を提出するとき、各国のグレースピリオド制度が異なるため、ある国ではグレースピリオドの優遇措置を享受できるが、他の国では受けることができず、出願人は事前に完全かつグローバルな出願戦略を構築することができない。とりわけ、資源が相対的に乏しい個人の出願人又は特許部門をもたない中小企業は、しばしばグレースピリオドという利益の放棄を選択するか、若しくは、グレースピリオドを、発明が意図せずに公開された場合の補強的措置としか見なしていない。経済部智慧財産局(※台湾の知的財産権主務官庁。日本の特許庁に相当。以下、「智慧局」という)は、グレースピリオド制度の違いは、「特許性」の認定結果が異なるといった事態を引き起こし、各国の特許庁間で促進されている資源の相互流通にも支障を来す、とみている。
最近、台湾は「環太平洋戦略的経済連携協定」(TPP)への参加実現を目指して積極的に動いており、また、グレースピリオドはTPPが知的財産権分野において積極的に協議を行っている項目の1つでもある。グレースピリオド制度の調和は、台湾の今後の法改正の重要なテーマとなるだろう。智慧局は2014年8月11日に、「特許のグレースピリオドの事由及び期間に係る規制緩和に関するパブリックコンサルテーション会議」を開催し、当該会議のなかで王美花局長は、「ひとたび我が国のTPP参加が進展すれば、早急に法改正を行う必要が生じるため、智慧局は、早めに各界から意見を求めることにした」と述べている。
台湾の現行のグレースピリオド制度
台湾で2012年1月1日から実施されている「専利法」(※日本の特許法、実用新案法、意匠法に相当)では既に、グレースピリオドの一部規定に係る規制が緩和されている。現行の「専利法」第22条第3項の規定によれば、グレースピリオドの期間は6ヶ月で、出願案の新規性及び進歩性要件の審査に適用することができ、グレースピリオドを主張することができる公開態様には以下のものが含まれる。
1. 実験で公開されたため。いわゆる「実験」とは、既に完成した発明に対し、その技術内容について行う効果試験を指し、その公開の目的は問わない。したがって、商業的実験又は学術的実験のいずれも適用することができる。
2. 刊行物に発表されたため。これには商業的発表及び学術的発表が含まれる。
3. 政府が主催する展覧会又は政府の認可を受けた展覧会で展示されたため。いわゆる「政府が主催する展覧会又は政府の認可を受けた展覧会」とは、台湾政府の各級機関が主催、事前許可又は事後承諾した国内外の展覧会を指す。
4. その意図に反して漏洩したもの。
前述のグレースピリオドの期間計算の基準点は、特許出願日である。したがって、たとえ当該出願案につき国際優先権が主張されていても、依然として、関連する「公開」事実が台湾出願案の出願日前6ヶ月以内に発生していなければ、グレースピリオドを主張することはできない。また、台湾ではグレースピリオドを主張できる「公開」態様に対し、限定的規範を採用しているため、第三者が独立して発明したために生じた「公開」は、原則的に、依然として先行技術を構成し、当該特許出願案の新規性又は進歩性に影響を及ぼす。
智慧局が検討するグレースピリオド規制緩和の方向性
現在、各国のグレースピリオド制度には、おおむね次のような違いがある。
1. 期間は6ヶ月又は12ヶ月、
2. 期間計算の基準点は自国での出願日、又は優先権の主張がある場合には優先日、
3. グレースピリオドを主張できる「公開」態様が列挙されたものに限定されているか否か、
4. グレースピリオドを主張するための手続き的条件、
5. 第三者が独立して発明したことによる「公開」は、先行技術を構成するか否か。
智慧局の統計資料によれば、過去数年、台湾特許出願案中、97%以上がグレースピリオドを主張しており、かかる主張はいずれも我が国の出願人から提出され、且つ、8割以上が学術研究機関(機構)からのものであり、民間企業及び個人からのものはほんのわずかしかなかった。そのため、智慧局は、「後続の変革の効果を評価する際には、我が国の出願人の意見に重点を置いて参考にするとともに、会社及び個人のグレースピリオド制度の使用願望をいかに高めていくかを検討していかなければならない」としている。
グレースピリオドの期間については、もし延長することができれば、発明が特許権の保障を獲得する可能性を高めることができる。たとえば、グレースピリオドの期間を12ヶ月に延長する、又は、計算の基準点を出願日から優先日に繰り上げると、発明の研究開発者はその発明公開後、より多くの特許出願準備期間を得ることができ、さらには、より質の高い特許権を取得することができ、有利である。但し、ある発明技術が既に特許出願前に公開されていることを知っている第三者について言えば、グレースピリオド制度は、特許出願人が依然として特許権を取得する可能性を有しているため、同一の技術に対し資源を投入して研究開発を行うのを回避する判断を当該第三者に下させる一助となる一方で、当該発明は既に公開により特許権を取得する可能性を喪失していると当該第三者に誤解させ、かかる誤解のもと、当該第三者が資源を投入して当該発明を実施し、その結果、権利侵害で追訴されるリスクに直面する可能性もある。このマイナスの効果をコントロールするため、法令の周知啓発以外に、グレースピリオド主張範囲の明確化に重点を置いて制度設計をすることによって、法の安定性を守る。
グレースピリオド主張の手続き的条件に関しては、現行の「専利法」第22条第3項第1〜3号の事由によりグレースピリオドを主張する場合、出願時に「公開」の事実及び「公開」年月日を明記しなければならず、同条項第4号の事由によりグレースピリオドを主張する場合には、当該技術内容が漏洩したことを知った際に当該事実を明記しなければならない。但し、もし6ヶ月の期間が過ぎてからグレースピリオドを主張する場合には、グレースピリオドに係る利益を受けることはできない。前記の法の安定性に影響を及ぼす事情を回避するため、智慧局は現在も依然としてグレースピリオド主張の手続き的条件を保留する姿勢を見せている。
「公開」の態様について言えば、中小企業及び学術研究機構(機関)には、特許出願提出前に、技術内容の「公開」を望む動機がある。さらに中小企業は、開発した技術内容及び製品が市場で支持されるか否かを見極めてから、特許を出願するか否か決定する。したがって、もしグレースピリオドが適用される「公開」態様を増やすことができれば、おそらく中小企業の研究開発をより奨励することができ、且つ、より柔軟な方式で発明技術を公開することによって資金を獲得し不足を補うことができるだろう。但し、中小企業の知的財産権管理能力を考慮すると、たとえ公開態様の規制を緩和しても、その負担を増やすことのないよう、単純明快な制度設計を保持していかなければならない。
第三者が独立して発明した「公開」が先行技術を構成するか否かに関しては、米国を除いた各国で普遍的に「当該第三者による公開が、本願が『猶予期間』(グレースピリオド)を主張する『不利にならない開示』の前であるか又は後であるかを問わず、いずれにおいても先行技術を構成する」とされている。規制を緩和するか否かについては、なお、各界から意見を求める必要がある。
結論
グレースピリオドの期間延長、グレースピリオドを主張できる「公開」態様の拡大といった改正方向、及び、グレースピリオドを主張するための手続きの保留が、智慧局の現在の姿勢であるようだ。今後の具体的な法改正内容及び審査実務への影響については、注視していく必要がある。