ニューズレター
民事裁判所は専利権利侵害訴訟において特許請求の範囲の補正につき自ら判断できるか否か
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これまで専利(※中国語の「専利」には発明特許、実用新案、意匠の意味が含まれており、混乱を防ぐため、以下、これら全ての意味を含む場合又はいずれを指すのか不明である場合には「専利」と原文表記する)権利侵害訴訟を審理した民事裁判所には専利の有効性について判断する権限がなく、専利の有効性についての専利主務官庁の決定を尊重しなければならないため、係争専利に無効審判請求事件がある場合、訴訟停止の裁定を下し、専利主務官庁の審決を待つことしかできず、その結果、紛争が長引き、専利権者の権利行使に非常に不利となっていた。そこで、2008年7月1日から施行された「知的財産案件審理法」(「智慧財産案件審理法」)には、民事裁判所は当事者が係争専利に取り消すべき理由がある(即ち専利無効)と抗弁する場合、自ら判断しなければならず、訴訟手続き停止の裁定を下すことができない、と明確に規定された。民事裁判所の専利有効性についての判断は、訴訟当事者間にのみ効力を生じ、直接、専利を無効に帰すことはできない。 |
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しかしながら、権利侵害訴訟の被告が訴訟手続で原告の専利について専利無効の抗弁を提出したとき、原告は技術上及び法律上の陳述を答弁として提出する以外に、時として特許請求範囲の内容を補正する(範囲の縮減、誤記事項の訂正又は不明瞭な記載についての説明を含む)ことによって、被告の専利有効性に対する攻撃を躱す必要もある。言い換えると、その補正の結果は、専利が有効であるか否かについての裁判所の判断に影響を及ぼす可能性がある。しかしながら、特許請求の範囲の補正が認められるか否かは、依然として専利主務官庁(即ち、智慧財産局)の職権に属し、「知的財産案件審理法」では、専利の有効性について自ら判断する権限を民事裁判所に付与しているものの、特許請求範囲の補正の処理には言及していない。よって、智慧財産局がまだ原告の補正申請について審決を下していない場合、民事裁判所は原告が補正を主張する情況にどのように対応すべきか、疑義がある。 |
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「知的財産案件審理細則」第32条には「専利権侵害に係る民事訴訟に関し、当事者が専利権に取り消すべき又は廃止すべき理由があると主張又は抗弁し、かつ専利権者が既に知的財産主務官庁に専利範囲の補正を申請している場合、その補正に係る申請が明らかに許可されるべきではない、或いは、許可を受けて補正した後の請求範囲が権利侵害を構成しないなど、本案を審理、審判できる情況を除き、その補正手続きの進行程度を斟酌しなければならず、ならびに双方の意見を聴取した後、適当な期日を指定しなければならない」と規定されており、当該規定は、「補正に係る申請が明らかに許可されるべきではない」又は「許可を受けて補正した後の請求範囲が権利侵害を構成しない」という2種類の情況下でなければ、民事裁判所は「本案を審理、審判する」ことができない、と言っているようである。しかし、「知的財産案件審理法」の立法目的及び民事裁判所には既に専利の有効性について審理する権限が与えられていることを考慮すると、上記規定は「例示」的な規定であると解釈すべきである。言い換えると、仮に、民事裁判所が「補正に係る申請が明らかに許可されるべきである」と認めるのであれば、当然、本案の審理、審判を引き続き行うことができる。しかし、どういった情況を「明らかに許可されるべきである」と認めることができるのだろうか?裁判所が「明らかに許可されるべきであるか否か」を判断するとき、原告の補正内容について包括的かつ実質的な審査を行うべきか否か?あるいは、形式的に見て即座に「明らかに許可されるべき」とわかる場合にのみ、自ら判断することができるのだろうか?こうした疑義の解決はすべて、知的財産裁判所がこれまでに蓄積した事例をもとに形成する準則にかかっている。 |
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しかしながら、知的財産裁判所には、2008年7月1日に成立してから現在に至るまで、特許請求の範囲の補正の処理について、まだ一致したやり方がないようである。裁判官の態度にはかなり保守的なものも、かなり積極的なものもある。最近の判決を観察すると、その処理方式は大まかに以下のようないくつかの種類に集約される。 |
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裁判所は補正が許可されるか否かについて判断しなくてもよいとする見解 |
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この見解を採用するものは、たとえば98年(西暦2009年)度民専上字第42号判決及び98年(西暦2009年)度民専上字第45号判決(判決日はいずれも2010年6月10日)などである。当該これらの判決は明らかに、「裁判所は補正申請に係る事情を斟酌しなくても本件の審判を行うことができる」という見解を示しているが、実際には、補正前及び補正後の特許請求の範囲それぞれについて、被告が提出した先行技術と比較を行ったうえで、取り消すことのできる理由を有する(即ち、専利は無効とすべきである)と認め、その後、上記の「補正を斟酌する必要はない」という導き出している。 |
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裁判所は補正を許可すべきか否かにつき判断しない |
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このやり方を採用するものは、たとえば100年(西暦2011年)度民専上字第14号判決(判決日:2012年2月29日)である。当該判決では、裁判所が補正内容について自ら判断すべきか否かに対して全く意見が示されておらず、補正内容を許可するか否かについて論じてもいないが、被告の製品を、原告専利の補正前及び補正後のいずれの請求項ともそれぞれ比較を行い、「被告の製品が補正前の権利範囲を侵害しない以上、補正後の権利範囲も侵害していない」と判示している。 |
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裁判所は自ら判断せず、双方が自ら合意しして補正前又は補正後の特許請求の範囲を審判の基礎とする |
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この方式を採用するものは、たとえば100年(2011年)度民専訴字第93号判決(判決日は2012年7月26日)、100年(2011年)度民専上字第2号判決(判決日は2012年5月31日)、100年(2011年)度民専上易字第31号判決(判決日は2012年4月5日)、99年(2010年)度民専上字第75号判決(判決日は2012年3月29日)などである。双方が合意することによって、裁判所は,上記「知的財産案件審理細則」第32条規定の解釈及び適用を探究する必要がなくなるのみならず、当事者の争いを減らすこともできる。ただ、双方が補正後又は補正前の請求項のいずれかを基準とすることに合意したとしても、これは、その補正内容が法に合致しているか否かを反映するものではない。裁判所は補正法内容について実体的な判断を行わずに補正後(又は補正前)の特許請求の範囲を審判の基礎としているため、智慧財産局が将来審決する補正内容と一致しない機会が高くなる可能性がある。 |
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裁判所は原則とし判断することができず、 明らかに許可されるべき場合にのみ自ら判断することができるとする見解 |
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この見解を採用するものは、たとえば100年(2011年)度民専訴字第49号判決(判決日は2012年3月20日)である。当該判決はまず「補正の申請が許可されるべきか否かは、専利主務官庁の職権に属し、裁判所は判断を行うことができない」という立場を説明したうえで、上記の「知的財産案件審理細則」第32条の規定を引用して、「補正内容が明らかに許可できるものである場合、民事裁判所は専利に取り消すべき理由があるか否か自ら判断することができる」と表明している。本件において、原告は、係争専利にもともとあった4項の請求項のうち3項を削除し、かつ残り1項の項番号を変更しているだけであり、かかる補正は「明らかに許可できる」ものであるため、補正後の特許請求の範囲に基づいて、専利有効性の判断を行っている。上記判決は、裁判所はせいぜい「形式から見て即座に、許可できると明らかに判断できる」場合にしか、斟酌することができない、と判示しているようである。 |
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補正が許可できるものであると自ら判断し、かつ、補正後のものを基準とすることにつき被告の同意を得る |
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このやり方を採用するものは、たとえば100年(2011年)度民専訴字第128号判決(判決日は2012年7月25日)、100年(2011年)度民専上字第18号判決(判決日は2012年1月12日)などである。当該これらの判決では、裁判所がなぜ補正した内容を許可すべきであると認めたのか、その理由が詳細に説明されているほか、さらに一歩踏み込んで、補正後の特許請求の範囲を基準とすることにつき被告の同意を得てもいる。 |
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裁判所は補正が許可されるべきか否かについて自ら判断できるとする見解 |
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この見解を採用するものは、たとえば100年(2011年)度民専訴字第61号判決(判決日は2012年6月28日)、100年(2011年)度民専訴字第60号判決(判決日は2012年9月7日)などである。裁判所は、補正内容についての原告と被告それぞれの主張を詳細に審査、究明し、ならびに、当該裁判所が原告の補正が「専利法」の規定に合致すると判断した理由を述べ、最後に、補正後の特許請求の範囲を被告の製品が権利侵害を構成するか否か審理する基礎としている。この判決は「補正」問題について比較的積極的な態度を採用しているようであり、双方の攻撃防御について包括的な調査と審判を行っているが、被告に補正後の請求項を基準とすることに同意するか否か問うてはいない。 |
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以上をまとめると、権利侵害訴訟において原告が提出する特許請求の範囲の補正に対する知的財産裁判所の処理方向について、これまでずっと共通原則が形成されておらず、依然として個別案ごとに裁判官がその職権及び自由心証に基づいて審理を行う傾向があるようである。こうしたことから言って、当事者にそれぞれの手続を選択する余裕を与え、攻撃・防御方法を円滑に利用できるチャンスを保つことができる。 |
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