ニューズレター
先取り商標登録は、刑法の背任罪に該当する可能性がある
一、前言
商標紛争事件はますます複雑化しており、権利を保護するために行政救済を求めたり、商標法上の民事・刑事責任を主張したりすることに加え、刑法上の刑事責任を適切に追及することも知的財産権保護の重要な一環である。商標紛争から派生した背任罪について、2025年2月に言い渡されたばかりの台湾新北地方裁判所112年(西暦2023年)度訴字第1260号刑事判決の要旨は以下に紹介する。
二、事例分析
(一)両当事者間に委任関係がある場合、受任者は委任者の利益を阻害してはならない
本件の関連証拠資料及び供述によると、被告は告訴人からの委任を受け、告訴人の業務運営に参与し、告訴人の指示により業務運営の執行に従事し、実際に業務運営プロジェクトを担当していた。そのため、委任関係終了前に、被告はその業務執行の範囲内において忠実義務を負っており、上記業務運営プロジェクトの執行については、告訴人の最善の利益に基づいて行わなければならず、自己又は第三者のために上記業務の最善の利益に反する企みがあってはならない。
(二) 被告は受任期間中に委任者の商標を先取り出願した場合、背任罪に問われる可能性がある
被告は、受任期間中、自己及び第三者の不正の利益を図る目的で、背信の犯意に基づき、「MAZU」及び「MAZU SAILCLOTH」が告訴人が所有し、事業経営と商品販売に使用する商標であることを知りながら、自己の名義で経済部智慧財産局(台湾の知的財産権主務官庁。日本の特許庁に相当。以下「智慧局」)にその「MAZU」について商標登録出願まで行い、その指定商品が告訴人が販売する商品と同一又は類似しているものである。したがって、被告の行為、告訴人が台湾で当該商標を付した商品を販売する利益に反することは明らかである。ただし、その商標登録出願はいずれも拒絶査定となり登録されていなかったため、損害は生じず、未遂に終わったとして、背任未遂罪が成立した。
被告の商標登録出願のうち1件が智慧局によって拒絶査定された理由は以下のとおり。被告が登録出願した「MAZU」商標図案は、引用商標である告訴人の「MAZU SAILCLOTH」商標図案と高度に類似しており、引用商標が先に同一又は類似の商品に使用されたことから、被告は、関連又は競合する業種の関係により、他人の先使用商標の存在を知悉しており、模倣の意図を持って登録出願したものと認められる。
裁判所は、上記の拒絶理由から、被告が受任期間中に告訴人の事業利益に反する意図をもって台湾で商標登録を出願したことは、告訴人の利益と明らかに相反するものであることを証明できるとした。
また、もう1つの商標登録出願は別の理由で拒絶されたが、両者の商品は依然として類似しているため、この商標登録出願も告訴人の利益と相反する。
(三)被告の抗弁は採用できない
被告は、自分は後継者だと信じており、告訴人と共に事業を営んでおり、双方の間に委任関係はないと主張した。しかし、裁判所は、被告は告訴人に対し、自分と従業員の給与請求明細をリストアップし、告訴人はそれを確認した後に支払い、会社の帳簿明細としていたことから、告訴人は被告に対し、委任に相応の報酬を支払っていたとした。無償で受任した場合があっても、それは無償委任に属し、双方の間に委任関係がなかったと主張する根拠にはならない。また、会社の主要な株式や資産の譲渡、経営権限の委譲がない以上、いわゆる「承継」は、被告の主観的な期待に過ぎず、実現されていない。被告は自らを「後継者」と繰り返し自称していたことも、被告が確かに当該事業経営の実質的支配者や所有者になっていなかったことを証明するものである。
被告はさらに、原告と協議した上で、今後の商品の販売促進のために台湾で「MAZU」の商標登録を出願することにした旨の抗弁を主張した。しかし、被告は捜査中に、「私は彼にMAZUというブランド名で販売することは伝えたが、商標登録出願の意向は伝えていなかった」と供述していたことから、告訴人と協議したという被告の主張は場当たり的な弁解に過ぎず、上記弁解は、当該商標登録出願が告訴人の名義ではなく被告自身の名義で行われた理由を説明するには不十分であることが分かる。
三、まとめ
事業経営者は、その業務執行を委託された受任者が商標の先取り出願をしたことを発見した場合、当該行為が背任罪に該当するか否かについて本判決の見解も参考にし、さらなる刑事責任を追及する可能性があるかどうかを検討することが推奨される。